2008年11月アーカイブ

 明日12月1日から12月定例県議会が始まる。

 「石井知事不信任」ともいえる結果を示した知事選挙後初の県議会。財政構造改革と行財政改革、チボリ事業の総括、何よりも急ぐ金融・経済危機への対応・・・重要テーマが山積する議会である。

 我が会派は年に一度、予算議会の際に2人の質問者を立てている。今回は知事選挙後ということもあり、予算議会に匹敵する議会として、私と森脇県議の2人が登壇する。

 私は恒例の初日の2番に要望することにしている。その通りになれば、9日(火)の午前11時位から一時間程度となる予定。乞うご期待。


「派遣など3万人以上雇い止め」「岡山でも1000人を超す」「三菱自動車、岡山で250人雇い止め」・・・・派遣地獄といえる様相である。

 こうした中、この一週間、労働局、村田製作所、三菱自動車水島工場などに申し入れと調査に出むくとともに、実際に派遣を雇い止めになった人たちとの懇談を進めてきた。
 派遣で働く若者や女性の出口のない悩みは深刻である。何よりも、明日が見えないことが一番辛い。まさしく、「今ここが蟹工船」なのである。

 極端に話を進めるが、今回の世界的な金融危機は、「カジノ資本主義」といわれるようなバクチ経済が原因である。日本のトップ企業は、それに乗って、バブル期以上の巨額な儲けを溜め込んできている。
 それを支えてきたのは何か。派遣制度の改悪であり、とりわけそれが04年から製造現場にまで拡大されたことによる。トヨタなど大企業は派遣の犠牲の上に巨万の富を築いたといっても言い過ぎではない。

 しかし大企業にとって派遣制度の妙味はこれからである。景気が悪くなれば、安全弁のように直ぐ雇い止めできる派遣制度ほど都合の良いものはない。まさしく「このとき時のため」に派遣制度は導入されたのである。
 事実、派遣法の改悪は財界の要望である。そして、自民・公明・民主などが賛成して強行されたものである。

 派遣会社では派遣労働者は「売り上げ目標達成」のもと「商品扱い」される。企業では、派遣労働者は「経営危機打開」の調整弁として「もの扱い」される。
 人間を人間と見ないこの派遣制度は、根本から改めなくてはならない・・・派遣の若者の話を聞いて、暗澹たる思いに駆られながら、その先でほくそ笑む連中がいることに心底からの怒りを感じざるをえなかった。
(三菱への申し入れ写真はホームページ「いのしし日記」に掲載http://www.nijiiro.org/takeda/
 
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<総務委員会での道州制議論>

 27日の総務委員会に、当局から「道州制導入をめぐる主な動きについて」が報告された。そのことで私が指摘したのは次の三つ。

①前日26日に全国町村長大会が「新たな中央集権体制を生みだすことになりかねない」と「反対決議」を挙げているにもかかわらず、なぜその動きが報告されないのか。

②道州制に移行した場合の基礎自治体は10万人規模だと議論されている。それは新たな合併を前提にしたもので、合併で苦労しているの市町村の意向は全く反映されていない。

③今回の「行革大綱」には「道州制議論の状況も踏まえ、将来の都道府県のあり方も視野に入れながら、分権時代にふさわしい行政システムの構築を図る」と記しているが、「行財政改革」は「岡山県」を議論するのであって、「道州制のため」を目的にしてはならない。

 なお、私はこの道州制議論は「行財政改革」議論の入り口であって、「行財政改革大綱2008」全体の議論とは異なることは言うまでもない。(この2行は、委員会の場にいた人しか判らない議論である。悪しからず)

「建国から200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政府はこの地上から消え去ってはいないのだと証明してくれた、そういう人たちから力を得たのです。これはみなさんの勝利です」
 アメリカの新大統領オバマ氏のシカゴでの勝利演説の一部だが、全文を読んでみて、あらためて「言葉の力」を感じさせられた。言葉が民衆の心を動かし、歴史的な快挙を生んだのだと思う。

 一方、我が国の総理はどうだろうか。失言、問題発言が話題になっているが、私はそれよりもこの人の「語学力」を問題にしたい。あるテレビ番組で、大学教授が「麻生総理の語学力は高校入試以前」と酷評していたし、あるラジオのアンケートでは、「麻生総理への注文」のトップは、「語学の勉強」だった。

 言葉を巧に操った政治家の一人が小泉元総理だが、これは「小泉劇場」での単純フレーズの繰り返しで、少なくとも「文化」とか「知性」を兼ね備えた「真の意味の言葉」ではない。

 今の総理はそれ以下である。「本人の身体検査が欠けていた」と言われるが、私に言わせれば、「学力テスト」も欠けていたと思う。
 「高校入試以前」という語学力らしいから、中3の「学力テスト」でも受けてもらって、その結果を現役の中3と比較したらどうかと思うほど、情けない話ではないか。

 終わりに、もう一度オバマ氏の演説の一部を紹介する。我が国の総理の「言葉」と比べてみて欲しい・・。

「私たちはしっている・・・子どもたちが眠ったあと、自分たちはまんじりともせず、どうやって住宅ローンを払ったらいいのか、病院の請求書をどう払ったらいいのか、子どもの大学進学費をどうやって貯めたらいいのか、眠れず途方にくれている母親や父親があちこちにたくさんいることを・・・・」

25日に開催された議会運営委員会。各会派の「議会改革案」なるものが提出されて議論になった。「議会改革」といっても、出県旅費や議員視察などの根本見直しなどは議論にならないで、結局「議員報酬の削減」のみがテーマに。

 自民は10%削減案、我が会派と民主・公明は15%削減案。財政構造改革について、議会も責任を取り、経費削減に議会としても協力しようというもので、12月議会中に結論を出すことで一致。

 しかし、どうも納得がいかない。議会の責任は報酬削減だけで済むのだろうか。議会として知事の財政運営に賛成してきた責任を明らかにすることが前提ではないのか・・・。何ら責任のない若い職員の給与削減に比べたら、全額返上しても足らないのではないか・・。

 前号で触れた「議会としてのチボリ総括」問題も、「特別な場を設ける必要なし」となった。しかし、これは「本会議、常任委員会、特別委員会で議論すればよい」となり、私にすれば、こうした場での議論が認められたことになる。

 知事が設置した検証委員会と平行して、議会でしっかり議論していきたい。
(我が会派の「議会改革の提案」はホームページの「政策見解」に掲載http://www.nijiiro.org/takeda/)

先日の知事選挙の最中の、現職のある演説会でのこと。来賓として壇上に並ぶ県議を前にして、ある方が「財政危機の最大の責任は、この壇上にいる県議たち」と指摘したところ、会場から「その通り」という大きな拍手が湧いたとのこと。
 財政問題だけではない。チボリ問題も含めて、県民の目線は、知事への批判同様に県議会に寄せられている。

 さて、20日、チボリ問題で県議会議長に申し入れをした。
 石井知事が、チボリ事業の検証委員会を設けて「県としての総括」をしている以上、議会としてもキチンと総括の場を設けるべきだという申し入れである。

 チボリ事業がスタートする際には、県議会にも特別委員会を設置してカンカンガクガクの議論をしている。追加補助金を含めチボリへの毎年の支出は、予算として県議会の合意のもとである。
 しかも、様々な反対論を押し切っての議会の結論の場合もあった。議会の責任が問われるのは当然である。
 何らかの議論の場を設けるのは当然であり、それを拒否するのは議会の最低限の責任の放棄といえると思う。いかがか。
(「申し入れ」はホームページの「政策見解」へhttp://www.nijiiro.org/takeda/)

先日の新聞にあるアンケートで、「もし生まれ変わったても、今の配偶者と結婚したいか」という問いに対して、60代の女性の50%が「ノー」と答えたとのこと。私の周囲にも、そういう人はかなりいる。

 同じアンケートで、「夫婦円満の秘訣」について、同じく60代ではトップが「お互いのプライバシーの尊重」とある。要は、「お互い別々に」ということなのだろうか。

 そんな話をしていると、友人の奥さんが、「わが意を得たり」と「千の風」の歌に注文を付け出した。「主人が死んだら、風になんかにならないで、おとなしくお墓の中で居てほしい。私の方が千の風になって一人で自由に飛びまわりたい」・・。

 60を過ぎた女性の実感のこもった「男への抵抗」なのだが、友人はそれに全く気付かずに、「何で一緒に行かんの?」と問いただしている。

18日、自衛隊のイラク派遣が違憲だと訴えている岡山訴訟が結審した。その前日に訴訟の意義についての勉強会があり、 勝利に向けて団結して奮闘することを誓った。

 講師は名古屋高裁で「自衛隊のイラク派遣は違憲」とする判決を勝ち取った弁護団の川口弁護士。名古屋判決は、イラクで航空自衛隊が行った輸送活動が、憲法9条1項(武力の行使の禁止)に違反するとして明確な判断を下したものだが、その判決が次の三つの「史上初」であることを紹介し、参加者に確信を与えてくれた。

その1、憲法9条1項に関して憲法違反を認めた判決としては史上初。
その2、憲法9条に関する高裁レベルでの違憲判断としても史上初。
その3、憲法9条に関する違憲判決が確定したのも史上初。

 岡山地裁では来年の2月24日に判決が出る予定とのこと。あと3ヶ月、勝利判決に向けて機運を盛り上げてゆきたい。

 なお、アジア・太平洋戦争の開始から67年目の12月8日、岡山国際交流センターで開催される「平和の集い」は、「イラク訴訟」が大きなテーマとなる。ふるってご参加をお願いしたい。(午後6時30分~)

チボリ事業の総括を進める「検証委員会」の議論が最終局面に入っている。その議論の中で興味深いことは、前の長野知事時代の問題だけでなく、石井知事の責任に属する問題も議論されているところである。

 18日の午後行われた検証委員会では、結論的なものが出るのは12月に入ってからになるという。12月1日からは、12月議会が始まる。検証委員会の結論が出ていないことを理由にして、12月議会での「知事の責任」論の議論を先送りしないように、強く求めておきたい。

かつてマルクスは「貧困の哲学か 哲学の貧困か」と問題提起したことがある。岡山県的にいうと「貧困財政の哲学か、財政哲学の貧困か」だろうか。

 18日の総務委員会に「財政構造改革プラン」の完成版と、「行財政改革大綱2008(案)」が提示された。私は個々の問題に触れる前提として、少し哲学的な質問をした。

 まず第1は、「財政とは何か」である。
 6月2日に石井知事が発表した財政危機宣言以来の最大の情勢変化は、9月以降の金融危機である。この金融危機から県民の暮らしを守るために「岡山県」ならびに「岡山県財政」は何をなすべきなのか・・・それは「財政とは何か」という強い理念が求められる問題だと思う。

 第2は、公務員制度の問題だ。今度の財政構造改革議論の中で石井知事は「県庁職員の給与、全国最低へのカット」を最大限利用した。選挙でもそうだった。
 職員の人生設計を狂わすほど給与カットを「人身御供」のように扱うやり方は、私は断じて許せない。
 知事には公務員の給与や待遇を決めるシステム=公務員制度の根幹に関る問題だという認識が問われている。

 第3は、行政改革についてである。最近「行財政改革」と「行政」と「財政」をセットにするのが流行っているが、私はそのこと自体に疑問を感じている。
 そもそも「行政」と「財政」は相対的に独立したものであり、「行政改革」は地方自治の本旨に沿って行政の組織と運営を見直すものである。単に「安上がり」かどうかではない。「財政」が前に出すぎると、「行政の理念」が後回しになる可能性があると思う。

 もちろん、私は今回の「プラン」や「大綱案」の仕上げに携わった方々の「哲学」を問題にしているのではない。私が問題にしているのは「知事の哲学」である。6月2日から、半年近くの知事の発言を見聞きしていて、知事の「哲学の貧困」を痛感しているのは、私だけではないと思う。

 14日の総務委員会に12月補正予算案が事前協議として提出された。金融危機の影響を受けた結果、法人税の大幅な減収が見込まれ、税収減は134億円に上るという。
 一方、交付税の増額はわずか22億円にしかならないとのこと。6月の財政危機宣言以来、100億オーダーの一般財源を切り詰める議論をケンケンガクガクしてきたのだが、アメリカがくしゃみをした一瞬のうちに100億円も税収が落ち込むのだから、ひどい話である。

 財政危機の議論の中で、私はいささかも石井知事の責任を曖昧にするつもりもないし、したこともない。
 しかし、小泉内閣の「構造改革」が地方財政を危機に陥れていることは確かだし、新自由主義の模範生である小泉政治の最悪の結末がこの金融危機の害悪であることは間違いない。

 いま各地方自治体が行っている「財政改革」は、その意図とは別にして内需をいっそう冷え込ませ、景気の悪化につながることは明らかであり、それは全国的にいっそうの悪循環となって、近い将来、地方自治体に圧し掛かってくることも確かである。

 問題は、この悪循環を断つことが出来るかであり、国と地方の「財政の使命」はそこにあると確信する。

14日の総務委員会に「新しい行革大綱(素案)」が提出された。詳細なものは18日の総務委員会に出てくるが、骨組みはこのままだろう。
 詳細に検討すればいろいろな指摘が出来るだろうが、私が気になる一つが「道州制」問題である。もちろん道州制に関してはそれぞれ意見があり、その議論をすることを拒むものではない。

 しかし、「新しい行革大綱(素案)」の表現は、「道州制議論の状況も踏まえ、将来の都道府県の在り方も視野に入れながら、分権時代にふさわしい行財政システムの構築を図る必要がある」と盛り込まれている。
 私はこの考えはおかしいと思う。いま県が「行革」で取り組まねばならないことは、78市町村が27市町村に合併した自治体が抱えている様々な苦悩の解決に県としての親身な支援であり、その目線から広域自治体としての県の役割を見直すことだと思う。

 岡山大学の中村良平教授は「知事選を終わって」というあるマスコミ企画の中で、「道州制でなく、まず県のことを考えないと」と指摘しているが、その通りだと思う。

 地に足をつけた「行革」議論が求められている。

アメリカ発の金融危機が日本経済に大きな影響を及ぼしているなか、日本共産党中央委員会が「大企業・大銀行応援か、国民の暮らし応援か・・景気悪化から国民生活を守る日本共産党の緊急経済提言」を発表した。

 岡山県委員会としても、さっそく対策本部(本部長;東つよし)を立ち上げ、この経済提言をもって申し入れや懇談、現地調査などに取り組んでいる。

 14日には、産業労働部に対して、この提言を届けての県としての対策の要請をした。中小企業や派遣労働者に深刻な影響が既に出始めており、県行政の役割も大になっている。機敏な対応を期待するものである。
(申し入れの写真はホームページ「いのしし日記」に、申し入れの本文は「政策・見解」に掲載http://www.nijiiro.org/takeda/)
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 11、12、13日と議会運営委員会の県外視察に委員外議員として参加した。視察目的は「県議会改革」と「政務調査費の領収書添付」問題。視察先は、福岡県と長崎県の両議会。

 福岡県議会は、昨年7月から14回にわたる議論を重ねた結果、政務調査費の報告に来年春から一円以上からの領収書添付を義務付けた。
 また長崎県議会では予算委員会の設置、全議員参加の決算委員会設置などの議会改革を進めるとともに、この10月からの政務調査費の一円以上の領収書添付を実施している。

 この両県を含めて、政務調査費の1円以上の領収書添付を実施いている県、並びに決定した県は合計で43都道府県となった。逆に言えば、未だ決めてもいない県はあと4県を残すのみとなった。岡山県議会はその内の一つである。

 岡山県議会でも今年度末までには結論を出すべく、検討委員会を設けて集中的な議論をしている。残り4県の一つということは、たいへん不名誉なことだが、その「不名誉」という意識が議会全体の何処まであるかが問題だと思う。

 NHKの松平氏が岡山のウィズセンターで、「その時歴史を動かした女たち」というテーマで話をすると言うことなので、歴史ものが大好きな私としては、居ても立ってもいられず、当日のキャンセル待ちを狙って参加した。

 予想通り、「篤姫」が中心の話題だった。江戸城無血開城が、世に知られる「勝海舟と西郷隆盛の太っ腹な男」だけが為した業績ではなく、篤姫と和宮が朝廷と薩摩藩への手紙攻勢によるものだという話は興味深い。
 逆に最後の将軍・慶喜は徹底的な女性蔑視だったとのこと。徳川家のあっけない最後も、それが理由だったのかもしれない。

 世の中の決定的場面は、男だけで動くものではなく、男も女もともに力を尽くした結果とのこと。「驕る男は久しからず」である。

 7日の朝早くから、マスコミ各社から電話がなり続いた・・「武田さん、知ってたんですか」「どう思いますか」・・・全く空気が読めないまま、朝日新聞の全国版を見て、あっと驚いた・・これが率直な実情である。

 岡山県教委がマスコミ記者から取材を受けた際、その内容、記者名を文書にして県議会文教委員会のメンバーにFAXで通知していた問題は、全くあきれ果てたもので、「報道の自由」とその根拠となる「国民の知る権利」について少しでも理解しているものならば、絶対にあってはならないものである。

 自民党の委員からの要請だとのことだが、言う方も言う方だし、やる方もやる方である。しかしもっと問題は、そのことが半年間も続けられてきたことである。その間、中止を求めるなど問題にする議員はいなかったのか。「おかしい」と思い続けながら、なぜ問題にしなかったのか。

 もちろん、その指摘は私自身の責任にもなってくる。「知らなかった」とか「気付かなかった」では済まされない問題なのである。
 文教委員に所属する議員をもつ県議団の団長として、深く反省の弁を述べさせていただきたい。

 6日、県の保健福祉部に対して、「財政構造改革プラン」(素案)の中で廃止対象となっている「岡山市・倉敷市への保健所建設補助金」問題について、県議団・岡山・倉敷両市議団の合同で申し入れを行った。

 この問題については、両市の厳しい抗議の中で、県も4日の市長会への回答で、「廃止」から「総額確保・助成期間の延長」に態度を変更している。しかしそれで納得できるものではない。

 そうした声を代表して、今回の党としての申し知れとなった次第である。

 財政危機をどう打開するか・・真剣な努力が求められていることは確かだ。しかし、対等な自治体である市町村との「協定」をないがしろにするのは許されない。それは「大義」とか「モラル」にかかわる問題で、それが無くなると「何のための財政危機打開か」の根本が問われてくる。
(「申し入れ」はホームページの「政策見解」へ、写真は「いのしし日記」に掲載http://www.nijiiro.org/takeda/)
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先月27日からこの9日までは「読書週間」。そして、読書週間初日の27日は「文字・活字文化の日」だった。
 ある全国紙がそのキャンペーンの一環として、何人かの識者のコメントを載せていたのだが、その中に芥川賞作家の辻原登の一文が心に留まったので紹介したい。

 彼の「本のある風景」という表現にまず感心している。実は、周囲に本がいっぱいある風景は私の一番好きな光景でもある。
 私は図書館や本屋さんに行ってブラブラするのが好きで、何か目的があるわけではないし、何も買わずに帰るときも多いのだが、見渡す限り本が並んでいる中に自分を置いて、いろんな本の表紙を見渡すのが好きなのである。
 本屋を出るときに、自分の中に知的好奇心が沸き立ってくるのが分かる。

 辻原登が「言葉の大切さ」を説きながら、「手書き」を奨めていたのも興味深い。パソコンの普及によって私たちは手書きをほとんどしなくなった。
 私は自分の県議会報告の郵送だけは、自分の手書きの手紙を同封し、封筒の宛名も手書きにしているのだが、手紙の字が段々汚くなっていることを恥じており、時折パソコンの文字にしようと思う時がある。

 そんな時、辻原登の「せめてラブレターは手書きで」に出会った次第である。心を込めたいメッセージは、これからも手書きで続けたいと思う。

私のホームページを引越し中であることは、以前お知らせしたとおり。その移転先のホームページに、試験的に志位演説会の動画を掲載した。全体で1時間もの。
 ご覧いただきたいし、引越し先のホームページにも馴染みになっていただけたら幸いである。
(新しいURL http://takeda.m-cast.jp/index.html )
 
 

3日の志位和夫委員長の街頭演説会、2000人を超す参加で、かつてない盛況だった。

 私は司会役で宣伝カーの上から全体の様子を見ていたのだが、参加者の盛り上がりもよかったし、若者の参加が多かったことや、通行中の人が足を止めて聞き入るなど、余り例のない様相だった。
 私の友人で共産党の演説会は初めてという人も多く、「聞きに行ったよ」とか「ついつい足が動いて」とか、後から電話をくれた人もいる。
 宣伝カーの前を通る車の中から、携帯電話のカメラで志位さんの写真を撮る人もおり、「志位ブーム」をうかがわせた。

 行きつけの焼き鳥屋の大将から「蟹工船読んでますよ」と声を掛けられたり、本屋さんで若者が「カニコウ(蟹工船)読んだ?」と会話しているのを見ると、そこに「時代」を感じるのは私だけではない。

 79年前の「蟹工船」と同じような「格差と貧困」が横行する中、国会で一貫して「派遣・非正規」問題を取り上げて大企業を告発する志位委員長の姿をネットで見た若者たちが、「蟹工船と多喜二」にダブらせて見ていることは間違いない。

 問題は、我々が「現代の多喜二」になっているかどうかである。
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派遣問題は志位委員長が一押し・・・ネットでも話題になっているのは確かなようで、「志位さん来る」の宣伝をしていると、パートの人から「いつ来るんですか」と声を掛けられたり、事務所に電話で「志位さんはいつ来るのですか」との問い合わせ電話がかなり掛かってくる状況だ。

 もちろん志位委員長の話は、派遣問題だけではない。金融危機と経済対策、汚染米問題など今話題の問題を正面から取り上げて「政治の中身を変える共産党」の話を40分間きっちりと訴える。

 手前味噌ではないが、「この話を聞き逃したら損ですよ」とお誘いしている。ぜひご参加を。
 明後日11月3日、午前10時30分~11時30分。岡山駅前の高島屋正面。

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