11月18日総務委員会報告①・・「貧困の哲学か 哲学の貧困か」

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かつてマルクスは「貧困の哲学か 哲学の貧困か」と問題提起したことがある。岡山県的にいうと「貧困財政の哲学か、財政哲学の貧困か」だろうか。

 18日の総務委員会に「財政構造改革プラン」の完成版と、「行財政改革大綱2008(案)」が提示された。私は個々の問題に触れる前提として、少し哲学的な質問をした。

 まず第1は、「財政とは何か」である。
 6月2日に石井知事が発表した財政危機宣言以来の最大の情勢変化は、9月以降の金融危機である。この金融危機から県民の暮らしを守るために「岡山県」ならびに「岡山県財政」は何をなすべきなのか・・・それは「財政とは何か」という強い理念が求められる問題だと思う。

 第2は、公務員制度の問題だ。今度の財政構造改革議論の中で石井知事は「県庁職員の給与、全国最低へのカット」を最大限利用した。選挙でもそうだった。
 職員の人生設計を狂わすほど給与カットを「人身御供」のように扱うやり方は、私は断じて許せない。
 知事には公務員の給与や待遇を決めるシステム=公務員制度の根幹に関る問題だという認識が問われている。

 第3は、行政改革についてである。最近「行財政改革」と「行政」と「財政」をセットにするのが流行っているが、私はそのこと自体に疑問を感じている。
 そもそも「行政」と「財政」は相対的に独立したものであり、「行政改革」は地方自治の本旨に沿って行政の組織と運営を見直すものである。単に「安上がり」かどうかではない。「財政」が前に出すぎると、「行政の理念」が後回しになる可能性があると思う。

 もちろん、私は今回の「プラン」や「大綱案」の仕上げに携わった方々の「哲学」を問題にしているのではない。私が問題にしているのは「知事の哲学」である。6月2日から、半年近くの知事の発言を見聞きしていて、知事の「哲学の貧困」を痛感しているのは、私だけではないと思う。

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このページは、takedaが2008年11月18日 15:01に書いたブログ記事です。

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