2009年12月アーカイブ

 県議会の論戦が一段落して以降も、沖縄普天間基地問題、閉園から1年経過したチボリ問題、そして派遣村問題などで、集会や会議が年の瀬最後まで相次いでいる。

 

 そうした中、鳩山内閣の来年度予算案が25日に決定された。

 

「脱官僚で不透明さを一掃する」という前宣伝とは逆で、何かと不透明さが目立つ。

何よりも、政権与党とはいえ一政党にしか過ぎない小沢民主党幹事長が「国民の声」を代表し、「国民の代表」であるべき鳩山総理に物申して出来上がった不可思議な予算案である。

 

さらに、小沢氏の西松献金問題と鳩山総理の偽装献金問題が、それでなくても寒さが身にしみる庶民の暮らしの上を吹きさらしていく。

それでも多くの人が、この夏の「政権交代」に託した夢を抱きながら新しい年を迎えようとしていることは確かである。

 

県当局も越年の予算編成のうえ、通年どおり115日には予算要求をまとめるべく大奮闘とのこと。

国も地方も波乱含みの年越しに当たり、新しい年もこの「いのしし日記」での武田英夫なりの考えを発信し続けたいと思っている。

今年最後の「いのしし日記」配信を終えるに当たり、この1年のご愛読にお礼を申し上げたい。そして来年も「乞うご期待」である。


年末を迎え、雇用・景気問題はいっそう深刻な事態を迎えようとしているなか、我が党の志位和夫委員長が先日鳩山総理に沖縄普天間基地問題と雇用・景気問題で申し入れを行った。

 県議団として18日、この「鳩山総理への申し入れ」を県の産業労働部にも手渡して、県としての対応を求めた。

 県によると、この25日に厚生労働省が開催する「ワンストップ・サービス・ディ」には岡山県としても協力機関として参加するとのこと。

 

 「県民誰一人として年末年始・路頭に迷うことはさせない」ために、いっそうの努力を期待するものである。

(志位委員長の鳩山総理への申し入れはホームページの「政策・見解」に掲載http://takeda.m-cast.jp/index.html)


 「知事は頭を冷やせ」・・民主党県連津村代表のこの暴言から始まった「陳情一元化問題」の論戦だが、ちょうど一ヶ月を経過した。

  最初は津村氏特有の権力性に由来するものと考え、「憲法第16条の国民の請願権」のみを反論の根拠としていた。しかしその後、「12県月議会での論戦」や「国の予算編成作業」の中で問題は全国に広がり、しかも  「政府・与党一体化」「票と金を一手に集中させる小沢体制」など「国のあり方」に深く関わる問題に発展していった。

  一方、石井知事が「反対」の先陣をきるなか、当初は途惑った市町村長たちも、「おかしい」と言う声を上げ始め、県議会に続いて「反対」の意見書を上げる市町村議会も広がってきた。

 

 この「いのしし日記」はこうした動きの一つ一つに対して、自分なりの考えを述べ、論戦を挑んだものである。読みなおせば一ヶ月前の認識には不十分なものもあるが、その時の生きた論戦の証しとして記録しておくべく、一まとめにしてみた。従って名前の間違いや誤字脱字以外は手を加えていない。

  年の瀬には来年度の予算が発表され、年明けには通常国会も始まる。県議会での予算議論もスタートする。県民要求の実現のために全力を挙げるとともに、「小沢・津村・民主党政治」の「強権政治」「日本政治の反動的逆行」を許さない「戦い」を新年早々から進めていきたいと考えている。

  この「戦い」は、今年夏の総選挙で民主党に投票することによって「自公政治」に終止符を打ち、新しい政治の一歩を歩み始めた多くの国民の期待にこたえるものであると確信している。

(「いのしし日記」での論戦をまとめたものは、ホームページの「政策・見解」に掲載http://takeda.m-cast.jp/index.html)


 1130日に開会された定例県議会が18日に閉会した。深刻な雇用・景気問題、民主党の陳情一元化問題、住宅供給公社の債権放棄・解散問題など「国政・県政のあり方」の根本が問われる問題が山積していた県議会だった。

 

 私自身、一般質問を行った議員の一人として、その責任を果たせたかどうか、自省しながら県議会の論戦を振り返っているところである。また、議案、請願・陳情への態度に関する赤坂県議の討論は、ホームページに掲載しているのでお読みいただきたい。

 

 それにしても気になるのは、9月議会に続き今回も民主党公認県議の態度である。民主党政権最初の9月議会では公認県議誰一人として登壇しなかったことは、この「いのしし日記」でも触れたところである。今回は二人の民主党公認の県議が登壇したが、アレコレの県政課題だけで今議会最大の話題である「陳情一元化問題」などには触れずじまいだった。議会人として期待はずれであり、残念である。

 

 もし私がその立場なら、例え県議会議場の「万雷の拍手」が「百万の怒号」に変わろうが、断固として「陳情一元化の正当性」を論じたであろう。それが政党というものであり、政治家の真骨頂だと考える。

 

民主党県連のホームページを見ると、「陳情の受付と整理」に深夜まで忙殺されているらしい。陳情の整理のために全国各地の民主党県連が大忙しであることもマスコミが報道している。

もちろん「忙しさ」を理由にするようなレベルではないと信じている。

しかし、陳情の取りまとめには東奔西走し、一方で県議会の論戦の焦点に一言も触れないのは、「県議会軽視」といわれても仕方あるまい。

 

これから越年の予算編成の時期となり、2月議会は波乱の県議会となるであろう。野に落ちて何かと自嘲的な自民党県議団など気にせず、政権与党の県議団として、正面からの論戦を期待したいものである。

 その場でこそ、「建設的野党」を自称する我々も、論戦のやりがいがあろうというものである。

(赤坂県議の討論はホームページの政策・見解に掲載http://takeda.m-cast.jp/index.html)


 15日の総務委員会に当局から「平成21年台風第9号による水害への対応について」が発表された。美作の現地を踏まえて十分な検討が必要だが、委員会ではとりあえず気になっていることを指摘させてもらった。

 

 その1.災害の後、このような検証を行ったことに関して、当局の姿勢を評価したい。

 その2.検証の文章の中に「派遣する職員はできる限り地域に精通した職員とする」「システム入力・・・入力操作の習熟度の向上」「救助事務・・県・市ともに業務に精通した職員が少ない」・・・などの指摘があることに注意を喚起したい。「人員削減「機構改革」「県民局の再編」などのなかで、危機管理関係の業務や現場からかけ離れた体制になっているのではないか。

 その3.今回も「ゲリラ豪雨」と言われる異常な雨が原因と言われている。「気象」という観点から「雨の降り方」「水の流れ方」の最新の研究が必要ではないか。

 その4.災害情報システムが問題になっているが、深刻な問題は「市から県」への情報伝達そこではなく、「被災の現場から市・県」への情報が入らなかったことにあるのではないか。

 

 以上、多方面からのご検討を期待したい。


 次は「政権与党一体化」論について。これも単純な設問から入りたい。「鳩山代表は誰が選んだのか」、「鳩山総理はどこで選ばれたのか」・・・前者は民主党であり、後者は国会である。

 ましてや小沢氏の幹事長ポストは国会の議題にもならない一政党の内部問題である。

 憲法の規定によれば「内閣」は「国権の最高機関」である国会のコントロールのもと、独立したあり行政権限をもっており、決して政権党の支配下にあってはならないのである。これは「三権分立」という民主主義の大原則であり、「政権与党一体化」論は、大原則を蹂躙するものと言える。

 

 民主党の中枢がこの「三権分立」を理解してない節がある。

先般のNHK「クローズアップ現代」で、菅直人副総理が「三権分立なんて憲法のどこにも書いていませんよ」と強弁していたことがある。それは「法治主義」を憲法に書いてないと同じくらい自明の理なのである。これは、「三権」の上に民主党を君臨させるものといってもよい暴論ともいえる。

 

大事なことは津村氏らが主張する「政権与党一体化」論は、ネタ本が別にあるということである。

それは、さかのぼること7年前・20021022日に経済同友会が発表した「首相のリーダーシップの確立と政策本意の政治の実現を求めて」という提言である。

そこには「与党政策責任者が閣僚を兼ね、内閣と与党の一元化を推進」「大臣・副大臣・政務官がチームとなって・・」などとある。文中には小泉内閣の「構造改革の加速」を評価しながら、その不十分さを指摘している。

 

この「提言」を読んでいると、今の民主党が、小泉改革がなしえなかった「構造改革」を、財界の意向に沿って「貫徹する」使命を持った内閣であることがよく分かる。

しかし、それはこの夏民主党に投票した多くの人々の期待に背を向けるものではないだろうか。

(経済同友会の「提言」の一部はホームページの政策・見解に掲載http://takeda.m-cast.jp/index.html)

 


 民主党が「陳情一本化」の論拠にしているのは「脱官僚」論と「政権与党一体化」論である。今回はこの点について私の意見を述べてみたい。

 

 まずは、「脱官僚」論。次の二つの設問を考えてみてほしい。

その1.この深刻な「格差と貧困」は「官僚政治の結末」なのだろうか。

その2.話題の「西松献金事件」は「官僚の責任」なのだろうか。

 

「格差と貧困」は、市場原理主義に基づく「小泉・竹中」構造改革の結果であることは、誰の目にも明らかである。それは「道路の信号を取っ払って暴走族が規制なく走れるようにした」との例えの如くである。

しかし、これは「官僚政治」の結果ではない。財界や銀行の意向を体現した「政治」が、「官僚」のもつ「公共的側面」を破壊し尽くした結果である。それは見事に「政治主導」ではないだろうか。

 

「西松献金事件」については言うまでもない。「政治」が「官僚」を使って公共事業をねじ曲げた結果であり、露骨な「政治主導」である。

 

もちろん「官僚政治」の弊害は是正しなくてはならない。しかし全てを「官僚の責任」にして、悪事を働き利権をむさぼる巨悪を見逃してはならない。

 選挙の際の「ワンフレーズ」がいかに危険なものか、小泉選挙の痛苦の教訓ではないか。


 12日の新聞に、民主党岡山県連が4箇所の公共事業を指定して本部の幹事長室に提出する記事を見て、「津村氏らが箇所付けして挙げるの?」と首を傾げた。

 翌13日の新聞を見て、さらに驚いた。「公共事業の箇所付けは幹事長室立会いで」との報道である。

 

 公共事業の箇所付けは、その所管する行政府において「公開性・公平性」を保って行われるべきである。それが、官僚と政治家の癒着で行われていたのを止めさせるための「脱官僚」ではなかったのか。

 「選挙」と「金」の権限を一手に掌握している政権党の幹事長が、公共事業の箇所付けを仕切る権限をもったらどうなるか・・誰でも予測できることである。

 

 実は、以前から紹介しようと思っていたのだが、一橋大学院教授の高橋冶氏が東京自治体問題研究所の月刊誌に投稿していた論文に次のような記述があった。

「小沢氏の戦略は、自民党の族議員を官僚から切り離し、予算とその配分の権限を全て小沢氏が総取りする。そして小沢氏を媒介にして官僚を使い地方を誘導することで選挙に勝つ」・・・。

それは選挙だけでなく「金=利権」を自民党から切り離し民主党に集中することでもある。田中角栄の愛弟子であり、その中でただ一人現役政治家として生き残っている小沢氏の「利権王国復活」の道でもあると想像するのは難くない。

 

小沢氏の「陳情一元化」の狙いは、「政権維持」と「利権の独り占め」にあるといえる。

 

津村氏らの県連による箇所付けも同様の危険さを持つが、それでも小沢一郎なる政治家の「陳情一元化の深遠な狙い」に比べたら、津村氏の「政府・与党一体化の国家観」などは何故か「純粋」に思えてくるのは、私の甘さだろうか。


 議会の議論の最中にも、この間多くの団体と懇談会などの場を設けさせていただいた。農協中央会、岡山県森林組合、岡山県老健施設協議会などは日本共産党として、また岡山県生協連などは県議会各会派の代表の一員として、である。

 

 特に農協中央会では、民主党のマニュフェストにある「戸別所得補償」が話題となった。岡山県など中山間地が多く、米の生産経費が全国平均の3割ほど割高の地域は、全国一律では立ち行かなくなることは、県議会でも議論になっている。

 

 各団体の声をしっかり受け止め、来年度予算の議論に反映させて行きたいと思っている。 農協.jpg


 最近この「いのしし日記」には、小沢・津村ラインの件が多いが、12月議会での私の質問は、決してそのことだけではない。

 

 雇用問題、後期高齢者問題や私学助成、農業問題などを取り上げている。

特に「住宅供給公社と吉備高原都市」「チボリ事業の開業前費用」「苫田ダムを水源とする広域水道企業団」問題を取り上げたのは、それらが全て前の長野知事時代からスタートした「無駄遣い」なのだが、石井知事がキチンと清算してこなかったために、現在までも県民の税金投入が続いている問題だからである。

 

 住宅供給公社の債権放棄は「吉備高原都市」の過剰計画が大きな要因である。チボリ事業の開業前費用27億円は、その使途が不明朗なままである。私はその不明朗な中に、チボリ事業を取り巻く岡山県の政界・財界・マスコミの暗部があると見ている。

 

 苫田ダムを水源とする広域水道企業団の「水余り」問題は、その余剰水量分として現在も毎年6億円が「垂れ流し」されている。これも苫田ダムの水利用計画の過剰さが要因である。

 県民の目線からみて、「過去のこと」と曖昧にできない問題として、引き続き議論していきたいと思っている。


 1210日の新聞各紙に、129日、民主党小沢氏周辺で起きたことが報道されている。まずは、自治体や各種団体から寄せられた300件超の陳情を「仕分け」する作業のことだ。その中で二つのことが気になった。

 

 その1.党のマニュフェストに反するものは幹事長室止まりで政府に伝達しない。その2.小沢幹事長が鳩山首相に「伝達」するもの以外の項目で副幹事長が府省別に政務三役に伝える内容は公表されない・・。

 津村氏らがいくら「幅広く、オープンに」と言っても結局、民主党に賛成のもの以外は伝わらないし、伝わったもの上の方では不透明なのだ。

 

 さらに、私にはそれ以上に目に付いた記事があった。世界的な指揮者「世界のオザワ」が事業仕分けの対象となったオーケストラ関連予算について小沢幹事長に直接陳情したとのことである。小沢氏曰く「よくわかった」・・・。

 「世界のオザワ」がなぜ総理大臣ではなく、政権党とはいえ一政党の小沢幹事長に会わねば政府に声が届かないのか。私が「これは異常だ」と思うのは「異常」だろうか。

 

 翌日10日、小沢氏は150人の小沢チルドレンを含む600人を従えて中国に向けて飛び立った。

 いったいこの人物は、何をしようとしているのだろうか。この党は日本をどうしようとしているのだろうか。10日朝、朝刊各紙を読んで以降、私はしばらくの間、体の震えが止まらなかった。


 ホームページに、8日の本会議一般質問の再質問、再々質問までの論戦と論戦の動画を掲載した。前号で触れた「万雷の拍手」までぜひ見てほしい。

 

 ご存知の方も多いと思うが、最初の質問はあらかじめ通告しているものだし、それへの答弁もあらかじめ準備しているものである。だから、本会議質問で、実質的な議論は再質問・再々質問であり、これは「生演奏」のようなものであり、結構ハプニングもある。

 

 今回の「民主党陳情窓口一本化」問題での最後の知事答弁は、私は自分の意見を言っているだけで質問していないのに、知事が答弁している。議場の雰囲気に気持ちが高揚したのだろうか、知事もハッキリと「民主主義の原則から言って問題」と答弁している。

 この辺りが「再質問、再々質問」の「生演奏」らしい場面である。ぜひご覧いただきたい。

(再々質問や動画などはホームページの表紙に掲載http://takeda.m-cast.jp/index.html)


 少数会派の悲哀で、本会議場での質問に応えた拍手は我が会派の2人だけというのが常なのだが、今日の再々質問では、「憲法の大原則を蹂躙する民主党の強権政治には断固戦う」と言うくだりで、自民党席も含めて(それにつられて傍聴席からも)万雷の拍手が寄せられた。

 

 民主党岡山県連の「陳情一元化」方針の問題点について、今回の質問の趣旨は、それが小沢一郎幹事長の強権政治に由来すること、また津村氏が今日の朝日新聞のインタビューで述べている「政権・与党一体化」なるものが、三権分立を蹂躙したものであること、今回の陳情一元化が、こうした小沢・津村氏などの強権的考えから出ていることを指摘したことである。

 

 再々質問の中で、難病団体の方が「予算を削減しないで」と政府に陳情した際、「これからは民主党幹事長室を通しての陳情システム」に戸惑いと怒りが寄せられていることを紹介した。

 前回でも触れたが、どんな大義があろうが、どんな高邁な理想だろうが、社会的弱者の声まで取り仕切るシステムは断じて誤りであり、それとは戦う以外にないのである。そしてこれは党派を超えた民主主義の戦いである。

 

 さて、今回の質問はこのテーマだけではない。雇用から平和の問題まで、吉備高原都市・チボリ・苫田ダムまで各方面に渡って質問した。さっそくホームページに質問全文を掲載しているし、明後日くらいには「再々質問までの掲載」、「質問戦の動画の掲載」も予定している。是非ご覧いただきたい。

(質問全文はホームページの政策・見解に掲載http://takeda.m-cast.jp/index.html)


明後日8()が年に1回の本会議質問の日。準備の関係もあって、「いのしし日記」の配信は休もうかと思っていたが、どうしてもひとこと言わなくてはならないことが生じてきたので、筆をとった。

 

 テーマはやはり例の民主党県連の「陳情一元化」問題である。本会議での民主県民クラブの発言を聞いていると、「脱官僚という大義のため、少々は我慢してほしい」と言いたいらしい。

 

 「脱官僚」というワンフレーズ自体、キチンとした議論をしないと駄目だと思う。小泉改革以来、こうしたワンフレーズほど怖いものはないからである。

 しかし、百歩譲って正しいとしても、その大義は、反対党、野党、少数党の声を無視してよいと言うのは問題である。自分たちのマニュフェストと反対の意見は無視すると言うのもおかしい。

 

 そもそも「大義」を振りかざすほど怖いものはない。「テロ撲滅」の大義で戦争が広がり、「聖戦」の大義で多くの少年が自爆テロを繰り返す。「改革」の大義で派遣切りが進められ、今度は「脱完了」の大義で、陳情一本化が強行されている。

「大義」の旗のもと、いつも犠牲になるのはマイノリティ(少数者)なのだ。

 

 「脱官僚」の大義を掲げ、全国に先駆けて陳情一元化を強行する津村代表氏らの姿に、多くの人たちは強権的な姿勢を敏感に見て取っている。私に言わせれば、それは小沢一郎元帥(元帥=総理の上に君臨している人)の横で進軍ラッパを吹く将校のようであり、危なくて仕方ない。


 民主党のある女性参議院議員などが例の「陳情一元化」論に関して「ラグビーのルールがアメフトのルールに変わったのだから、よく理解してほしい」と説明していると聞いた。

 

 その発言を聞いて、津村氏などの「説明不足」論の意味がよく判った。彼らは、「古い日本のラグビーのルール」しか理解できない我々に、「偉大な合衆国アメリカのフットボールのルール」を説明しようとしているらしい。

 

 確かに私はラグビーとアメフトの違いは判らない。9人制のバレーボールで育った私は、6人制のバレーボールのルールが未だ判らず、よく笑いものになる。

 

 しかし、いずれもフェアなスポーツのルールであることは間違いない。

民主党の窓口を通さないとゴールできず、例えゴールしても「逆効果」とされるようなアンフェアなルールは、スポーツの社会には存在しない。野球では「盗塁」も「進塁」なのだ。

 

 「国と地方の間に政権党が君臨するような危険なルール」への改変を、「フェアなスポーツのルール」を例えに説明する津村氏らは、我々への「説明不足」を嘆くより、この夏民主党に投票した人も含めて多くの人が、あなたたちの「民主主義への理解不足」を嘆いていることを知るべきであろう。


平成20年度決算の議案が、12月議会に上程され他。決算認定は以前は、翌年の2月議会だったが、決算審査で出された意見を来年度の予算編成に反映させるために最近は12月議会の認定に早めている。

 

しかし今回は、例の国庫補助金の不適正経理の問題が、会計検査院の指摘で土木部・農林部で発覚し、県が全庁的な内部調査を始めているため、その結果を待っての認定となり、この12月議会では「継続審査」とした。1日に開催された決算委員会においてである。

 

内部調査は年度末までかかる予定だが、決算認定に係る平成20年度分だけは来年2月までに調査を終えてもらうよう要望している。

継続審査になったのは昭和34年以来岡山県議会では50年ぶりとのこと。

 

 以上三題、異例の本会議幕開けである。私は、こうした問題を含めて本会議質問に立つ予定。いつものように一般質問の初日の2番をお願いしている。乞うご期待。


 例の民主党の陳情一元化に対して、県議会は開会日冒頭、自民・公明そして我が会派が一致して「抗議の意見書」を挙げた。開会冒頭の意見書も異例のことである。

 それに対して、民主党県議団を抱える「民主県民クラブ」は、「民主党の説明が十分でないので、意見書を挙げるのを急がないように」との意見が出た。

 

 この意見に対して私は「説明不足という問題ではなく、構図そのものが根本から間違っている」と指摘し、意見書採択を求めた。この「説明不足」論に関しては、後で触れたい。


 1130日に開会された11月定例県議会。冒頭の知事提案説明の際、石井知事が2度も「お詫び」で頭を下げた。

 最初は、「住宅供給公社への54億円の債権放棄について」、二つ目は「国庫補助金の不適正経理問題」・・・。

 

 本会議冒頭の提案説明で、知事が2度も頭を下げたのは、私にとっては始めての経験である。問題山積の県議会の始まりである。


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