12日の新聞に、民主党岡山県連が4箇所の公共事業を指定して本部の幹事長室に提出する記事を見て、「津村氏らが箇所付けして挙げるの?」と首を傾げた。
翌13日の新聞を見て、さらに驚いた。「公共事業の箇所付けは幹事長室立会いで」との報道である。
公共事業の箇所付けは、その所管する行政府において「公開性・公平性」を保って行われるべきである。それが、官僚と政治家の癒着で行われていたのを止めさせるための「脱官僚」ではなかったのか。
「選挙」と「金」の権限を一手に掌握している政権党の幹事長が、公共事業の箇所付けを仕切る権限をもったらどうなるか・・誰でも予測できることである。
実は、以前から紹介しようと思っていたのだが、一橋大学院教授の高橋冶氏が東京自治体問題研究所の月刊誌に投稿していた論文に次のような記述があった。
「小沢氏の戦略は、自民党の族議員を官僚から切り離し、予算とその配分の権限を全て小沢氏が総取りする。そして小沢氏を媒介にして官僚を使い地方を誘導することで選挙に勝つ」・・・。
それは選挙だけでなく「金=利権」を自民党から切り離し民主党に集中することでもある。田中角栄の愛弟子であり、その中でただ一人現役政治家として生き残っている小沢氏の「利権王国復活」の道でもあると想像するのは難くない。
小沢氏の「陳情一元化」の狙いは、「政権維持」と「利権の独り占め」にあるといえる。
津村氏らの県連による箇所付けも同様の危険さを持つが、それでも小沢一郎なる政治家の「陳情一元化の深遠な狙い」に比べたら、津村氏の「政府・与党一体化の国家観」などは何故か「純粋」に思えてくるのは、私の甘さだろうか。


