民主党が「陳情一本化」の論拠にしているのは「脱官僚」論と「政権与党一体化」論である。今回はこの点について私の意見を述べてみたい。
まずは、「脱官僚」論。次の二つの設問を考えてみてほしい。
その1.この深刻な「格差と貧困」は「官僚政治の結末」なのだろうか。
その2.話題の「西松献金事件」は「官僚の責任」なのだろうか。
「格差と貧困」は、市場原理主義に基づく「小泉・竹中」構造改革の結果であることは、誰の目にも明らかである。それは「道路の信号を取っ払って暴走族が規制なく走れるようにした」との例えの如くである。
しかし、これは「官僚政治」の結果ではない。財界や銀行の意向を体現した「政治」が、「官僚」のもつ「公共的側面」を破壊し尽くした結果である。それは見事に「政治主導」ではないだろうか。
「西松献金事件」については言うまでもない。「政治」が「官僚」を使って公共事業をねじ曲げた結果であり、露骨な「政治主導」である。
もちろん「官僚政治」の弊害は是正しなくてはならない。しかし全てを「官僚の責任」にして、悪事を働き利権をむさぼる巨悪を見逃してはならない。
選挙の際の「ワンフレーズ」がいかに危険なものか、小泉選挙の痛苦の教訓ではないか。


