年末31日と新年の1日、岡山市市役所南の大供公園にある「年越し派遣村」を訪れた。
吹きすさぶ寒風をテントで覆いながら予想以上の多くの人が生活をしていた。俗に言う「ホームレス」の人だけではなく、この年末に職と住を失った人々も多く、「派遣村」の名前の意味の重たさを感じさせられる。
画期的なことは、労働組合によってこうした「派遣村」が出現したことだけではない。国の労働局や行政の尽力で、本来なら「公務」が「休み」の間でも、「生活保護」「住宅確保」「生活つなぎ資金」などの制度活用が可能になったことである。我が党の国会・地方議会での論議の成果でもある。
東京では、鳩山総理などが派遣村を訪れ、制度の不備をコメントしていた。昨年の麻生総理が出向くことさえしなかったこととの違いを考えると「政権交代」の意味の大切さをしみじみ感じざるを得ない。
同時に、石井知事や高谷市長が、岡山での派遣村の出現すら知っていないのではないかかと思うと、その「遅れ」に重たいものを感じたのが正直な気持ちである。
尚、派遣村の詳細なデータは、後日整理して報告したい。写真は、当事者の関係もあり、テントの写真のみにしていることもご理解いただきたい。


