20日夜、深夜の「春雷」・・稲妻の由来

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「春雷の 鳴り過ぐるなり 湾の上」(虚子)

 

20日の深夜、駐車場から自宅までの堤防の道には、まるで「暗闇にフラッシュ」のような雷の光と「がけ崩れ」のような轟音・・・自然とお腹を押さえて駆け出す自分の姿に苦笑しながらも、それはまさしく恐怖ゾーンだった。

 

しかし、これが「春雷」と呼ぶのだろうか。翌21日は、春の日差しが吉井川の川面に輝いていた。

 

農村地帯では、「雷」は米の豊作と結びついて伝えられている。「雷」の放電の際に作られる窒素は農作物の成長を助け、その雨は「恵の雨」となる。5月の「雷」、8月の「雷」は稲作に不可欠といわれる。

「雷」と「稲」を夫婦に例え「稲妻」と呼ぶのもその由来とのこと。

 

「備前平野に春を呼ぶ」といわれる「西大寺会陽・裸祭り」から丁度一ヶ月・・いよいよ「春到来」である。

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このページは、takedaが2010年3月21日 23:00に書いたブログ記事です。

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