政治活動: 2008年9月アーカイブ

中山大臣の辞任に関して、以下、私の意見を3点。

①「失言」問題で辞任したという報道を聞きながら、どうも「失言」という表現がしっくりこない。そこで、国語辞典で「失言」を引くと、「言ってはいけない事を、うっかり言ってしまうこと」とある。中山氏は、自分の確信的な主張を正々堂々としゃべったのだから「失言」ではなく「真情の吐露」だと思うのだが、いかがだろうか。

②中山氏の「公人」と「私人」の区別を間違えたという言い分にはもっと疑問を抱く。例えば、「公人」として「男女平等」を説く政治家が、「私人」としては「極端な女性蔑視」でよいのだろうか。現行憲法に明記された人権と民主主義の感覚を持ちえないものは、そもそも「公人」になってはいけないと思うのだが、いかがだろうか。

③麻生総理は、キチンと「身体検査をしたのか」という人がいる。お互い長い政治経歴をもっており、中山氏の政治的な姿勢や信条については麻生総理は承知済みである。今回の問題は、麻生総理が「身体検査漏れ」をしたのではない。むしろ総理は中山氏の政治信条に対し、自分に酷似したものの持ち主として、二重丸をしていたのである。その意味でも、麻生総理の責任が厳しく問われると思うが、いかがだろうか。

県議会も終わり、いよいよ総選挙態勢である。閉会日翌日の27日は、上南、山南方面に宣伝カーを繰り出して、10箇所で「街角演説会」。地域の支部や後援会の方も参加していただき、ところによっては10人以上の聴衆の前で「街角演説会」となった。

 岡山県は知事選挙の関係で、我々政党に「音の宣伝」が許されているのは知事選告示の前日8日まで。短期だが全力投球したいと思っている。
 
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 麻生新総裁のもと新閣僚も決まった。私の周囲では「それがどうしたの」という感じで、全く新鮮味はない。テレビなどで、麻生氏の「毛並みの良さ」が強調されると「毛並みのよい人はすぐ投げ出すからね」と3度連続の政権投げ出しも当然かの様に予測している人もいる。

 岡山県の自民党も5年前の小泉内閣誕生時のような勢いとは隔世の感があり、マスコミ報道によると5年前に比べて自民党の党員・党友は半減、投票率も過半数を割って、全国でも下位の方とか。

 結局、2期連続の政権投げ出しの本質が判ってないのだと思う。後期高齢者を初め国民との和解しがたい矛盾に直面している今の日本の政治を、根本から立て直す政治が求められているのではないか。

 問われているのは、政権の顔の交代ではなく、政治の中身の交代ではないのだろうか。臨時国会と総選挙ではその対立軸をしっかり示して頑張りたいと思っている。

自民党の総裁選挙が盛り上がらない中だが、一路解散・総選挙に向かっていることだけは確かである。街頭で演説しても、反応がグーンと良くなっており、有権者の皆さんの関心が高まっているのが判る。

 そうした中、20・21日の二日にわたって仁比そうへい参議院議員が来岡し、街頭から日本共産党への支持を訴えた。地元の西大寺では、あいにくの大雨と雷のなか70人を超す大勢の人が集まり、真剣なまなざしで仁比さんの演説に聞き入った。

 仁比議員は輸入汚染米事件、後期高齢者医療、派遣労働者問題など国民焦眉の課題をあげて日本共産党の政策と日本共産党の議席の役割に触れ、衆議院中国ブロックでの日本共産党の議席回復を訴えた。
 
 私自身「いよいよ総選挙」と身が引き締まるのを感じさせられた次第である。

 岡山では初めての出来事である。9月18日、県下の宗教者の皆さんと共産党との懇談会が盛況に開催された。懇談会は、県内の仏教各宗派、キリスト教、天理教、金光教、黒住教など幅広い宗派から15人の呼びかけで開かれたもので、日本共産党からは緒方靖夫副委員長が出席。戦争と平和の問題、宗教者と共産主義との共同など人類的なテーマで活発な討論が行われました。

 多くの宗教者の方が、9条、テロと戦争、貧困と格差、教育と子どもの精神生活などに危惧を抱いており、何らかの解決策を探求していることが痛いほど判った。

 また、日本共産党も「異なる世界観の共存」を明確に打ち出し、特に緒方さんは日本共産党の国際部長としてイスラムとの対話に先見的な役割をはたすなどの経験の持ち主だ。

 ところで、日本の政党の中で、宗教問題の専門部があるのは日本共産党だけだというのをご存知の方は少ないと思う。戦前の教訓から、「信教の自由・政教分離」を守ることを政党として明確に掲げ、そのために全力でたたかう姿勢の証である。

 さて、先日観た映画「20世紀少年」は傑作で、ある邪教集団が日本の政治を乗っ取り、挙句の果てに、その「邪教政党」のポスターを勝手に剥がすと逮捕される場面まで出てくる。
 今の日本のどこかの政党の将来構想のようだが、そんな政党に政権の補完役を頼む政党もいかがなものか。

 「信教の自由と政教分離」は民主主義の大原則である。「20世紀少年」は現実の政治でも頑張らねばならない。
 
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 9月15日の敬老の日を中心に各地で敬老会が開催されている。県議会議員としてお祝いの言葉を述べる機会が多い。昨年まではよく「地域にとって高齢者一人一人は図書館のようなもの」という国連アナン前事務総長の名言を引用して挨拶。

 今年は、今の日本の政治の「3捨て社会」について触れた。まず最初の「捨てる」は75歳以上の後期高齢者を姥捨山に捨てるような政治。二つ目は、ワーキングプアのような非正規雇用で若者を使い捨てするような政治、三つ目は(これが一番肝心なのだが)最高権力者が二度連続で途中で政権を捨てる政治である。

 しかし、我々は働くことを捨てるることはできないし、たたかうことを諦めるわけには行かない・自民党が「挫折し、捨てた政治」は我々が担おうではないか・・・。

敬老の日の式典での挨拶だが、結構反応があり、手ごたえを感じる。

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