政治活動: 2010年1月アーカイブ

名護市長選挙の結果は、米軍基地問題での沖縄県民の意思は明確に示された。それに対するアメリカ政府の「方針変更なし」のコメントも冷たいものだが、鳩山政権の平野官房長官の「地元の意向無視」のコメントはそれ以上に常軌を逸するものである。

 

 実は今回の党大会では沖縄の米軍基地問題と安保条約問題が深く議論されたのが特徴だった。

 オバマ大統領は、昨年11月の日米首脳会談で「日米関係は対等なパートナー」と述べた。しかし、現実は全く逆で、深い従属的な関係が横たわっている。

在日米軍を構成するのは、海兵隊遠征軍、遠征打撃群、航空宇宙軍など日本防とは無関係の「世界的な殴りこみ部隊」である。この2月日本原演習場で行われる日米合同演習も沖縄のこの部隊がやってくるのである。

 さらに在日米軍による事件・事故・犯罪・住民生活への被害は国際的にも類を見ない異常さである。

 

 いまから150年もさかのぼる1864年のアメリカで民衆の支持を得て再選されたリンカーンはマルクスの祝辞への礼状のなかで「合衆国は全ての国に対して厳格に公正な関係を打ち立てることで世界中の尊敬を集める」と表明している。

 

 党大会では志位委員長のなで、オバマ大統領に「対等なパートナーというならば、この日米の現実を是正してこそ、アメリカは世界中の尊敬を集めることができる」とメッセージを送った次第である。

(写真は大会会場で沖縄県名護市長選挙の募金を渡す場面) 沖縄.jpg


会場.jpg 4日間の討論では、全国各地から相次いだ発言に私は、「時代と格闘する」ことの大切さを痛感させられた。

 

 まず、「いすず」や「シャープ」など大企業の中で派遣切りと戦う労働者や「職と住」を同時に失った派遣労働者への支援活動を献身的に進める共産党議員などの発言が相次いだ。これらが国会を動かして、「派遣法改正」の原動力になっている。

 

限界集落での活動が「のどかな農村で共産党倍増」とテレビで特集された党支部、農協などとの懇談を重ね、「農業問題では共産党と同じ考え」と共感を広げている農村の党支部・・志位委員長とJA全中との懇談は、こうした共同の広がりを反映したものといえる。

 

大阪の橋下知事に対して私学助成問題で果敢に大論争を挑んだ大阪の高校生、八ツ場ダム問題で揺れる街で「ダムには反対。同時に民主党の乱暴なやり方も問題」というスタンスで住民の声を集める元県議、それぞれ「時の人」としてマスコミでも取り上げられている。

 

普天間基地問題で「無条件国外移設」の声を代表して戦う沖縄の人々、沖縄と連帯して米軍基地問題に取り組む岩国、神奈川の仲間・・・それらは「改定50年を迎える安保」を政治の正面舞台に押し上げる力となっている。

 

これらはどれも現在の日本が抱える社会問題・政治問題に、正面から向き合って戦う人の発言である。

 これらの「戦い」は、昨年の総選挙で自民・公明政権を退陣に追い込んだ国民のパワーの魁(さきがけ)ともいえるものだと思うと、熱くこみ上げてくるものを禁じることが出来なかった。

(写真は「休憩時間の大会会場」http://takeda.m-cast.jp/index.html)


  banachan.jpg13日水曜日、岡山始発の新幹線に乗車し、党大会へ出発。途中、京都と名古屋の間に大雪が積っていたが無事通過し、熱海へ。相模湾を展望する伊豆半島の山頂に共産党が独自で築いた「学習会館」がある。1000人以上が収容可能な体育館を会場いっぱいにして、4日間みっちりの会議である。

 これまで何回か参加したことがある大会だが、今回は異例づくしのことが多い。マスコミの報道にも「柔軟路線」「経済界、JAの参加」「元漫才師が候補者に」などの見出しが目立っている。

 

 異例づくしの第1は、来賓・メッセージの顔ぶれである。

「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会(全国革新懇)」代表として「経済同友会の終身幹事」である品川正治代表世話人が挨拶。財界人の挨拶は始めてである。さらに、JA全中の専務が、会長のメッセージを携えて来賓のあいさつ。「我々の考えと共産党の考えは一致」とエールを送ってくださった。森林組合も、丁寧にメッセージを寄せてくださっている。どちらも初めてのことである。

 

 異例尽くしの二つ目は、外国大使館の高官が19の国々から参加したことである。我が党の「野党外交」の到達である。他党ではこんな光景は見受けられない。

 

 三つ目は、全国各地からの発言には涙と笑いの連続だったこと。福岡の「派遣労働者の夜回り市議」の報告は会場全体の涙を誘い、大阪の参議院選挙区候補は元松竹芸能の漫才師の経験を持ち、その「しゃべくり」で会場を抱腹絶倒の渦に巻き込んだ。

 

 折りしも民主党大会のあの不始末と比べて、熱気に溢れた我が党の党大会・・その秘密も含めて次回から報告させていただきたい。乞うご期待。

(なお、大阪の参議院選挙区候補・清水忠史さんの漫画カットを「いのしし日記」に掲載中.彼はこの出で立ちで壇上から報告。一度ご覧いただきたい。http://takeda.m-cast.jp/index.html)


 明日13日から16日まで熱海市伊豆で開催される第25回党大会に参加するため、岡山を離れます。15日の総務委員会も党務出張のため欠席させていただきます。

 

 民主党政権という新しい情勢のもとで、国民に対して日本共産党がどういう役割を果たしていくのか・・4日間の熱気溢れる議論が楽しみです。

 

 詳細は、この「いのしし日記」を通じて武田流で報告させていただきます。ご期待ください。


  派遣村.jpg前号で報告した岡山市大供公園での年越し派遣村のデータがまとめられたので、ここでも報告しておきたい。

 

 派遣村を頼って「入村」した人は4日間の延べで236人、一日平均40人となる。支援に駆けつけたボランティアの数は324人、カンパは36万円となった。もちろん現金以外の野菜・果物などの現物支給は膨大なものになる。

 

 派遣村の仕事としては、食事やテント・フトンの提供だけでなく、弁護士、議員などの「相談コーナー」が大きな役割を果たした。相談内容は、宿泊シェルターの相談が10数件、生活保護申請が10件、弁護士さんへの法律相談(サラ金、夫婦間トラブルなど)30件から40件となる。

 

 画期的なことは、市役所が休日の場合でも、岡山市の対応によって生活保護の申請が受け付けられたことである。「役所の休み」ではなく、「市民の生活の実態」に合わせる・・・当たり前なことだが、行政としては画期的な出来事だった。

 

 派遣村は13日で閉村したが、問題はなんら解決したわけではなく、今日も様々な相談がそれぞれのところに寄せられている。政治の責任はこれから厳しく問われてくる。


仁比新春演説.jpg 14日の昼、岡山高島屋前で、今年最初の街頭演説会を開催した。参議院議員で比例代表候補の一人である仁比聡平氏を迎えての演説会である。

 

 仁比議員は、今年の日本共産党の仕事として、「二つの異常を正す」ことを指摘した。

「二つの異常」とは・・・

 

 その一つは、異常な対米従属の姿である。普天間基地問題がその典型だろう。住宅地に基地を建設することは、アメリカ国内では許されていない。ジュゴンが住む海に巨大建築物を作ることは、アメリカ国内では認められていない。

 アメリカ国内でアメリカ大統領が認めないことが、なぜ日本では自由自在に可能なのか・・そこに「異常さ」が見て取れる。

 

 もう一つは、大企業の「異常さ」である。この不景気で、労働者の雇用所得が落ち込んでいるなか、大企業はこの10年で内部留保を倍増している。これも異常だが、政治はそこにて手をつけないままであることがもっと異常である。

 

 参議院選挙に向けて「この二つの異常の是正」を掲げて頑張りたい。


元旦の新聞報道から

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 日ごろから新聞は「愛読」しているのだが、年の初めということもあり、元日の全国紙と地元の山陽新聞を丹念に読ませてもらった。それぞれ、意義深い新年企画が満載で、テレビ・インターネットの時代の中で、「さすが新聞、やはり活字」と感心させられた。

 

そこで各紙注目のものをワンフレーズだけ紹介する。

「毎日」の「財務省と歩む『脱官僚』」・・民主党の「脱官僚」の本質をえぐっている。日経は「『風雪』知らぬ宰相・・甘さと融通むげと」も鳩山政権の本質をえぐっている。

1面トップの見出しが「小沢氏から現金4億円」は「さすが事件の読売」である。「朝日」は全国版より、岡山版の「中年望遠鏡頑張る」が興味深い。

「山陽」は地方紙らしく「地域の文化を見直したい」がメイン。

 

全国紙に不満なのは「安保50年」の特集がないこと。普天間問題を抱え、安保の本質が問われる年だけに、「何で?」と疑問を抱かざるをえない。

また、「韓国への侵略・『併合』100年」の問題にも各紙とも沈黙をしたままである。

「龍馬伝」以降の「明治」がどんな時代だったのか、「坂の上の雲」の以降、日本が朝鮮半島で何をしてきたのか・・そのことを正面から見つめないで、「明治」の本質も、その後、大陸への戦争に突き進む日本も考えることは出来ないと私は思う。

 

「安保50年」「韓国への侵略・『併合』100年」・・ジャーナリスムがどう向き合うか・・期待したいものである。


元旦の「派遣村」

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  IMG_0327_1_1_1_1_1.jpg年末31日と新年の1日、岡山市市役所南の大供公園にある「年越し派遣村」を訪れた。

吹きすさぶ寒風をテントで覆いながら予想以上の多くの人が生活をしていた。俗に言う「ホームレス」の人だけではなく、この年末に職と住を失った人々も多く、「派遣村」の名前の意味の重たさを感じさせられる。

 

画期的なことは、労働組合によってこうした「派遣村」が出現したことだけではない。国の労働局や行政の尽力で、本来なら「公務」が「休み」の間でも、「生活保護」「住宅確保」「生活つなぎ資金」などの制度活用が可能になったことである。我が党の国会・地方議会での論議の成果でもある。

 

東京では、鳩山総理などが派遣村を訪れ、制度の不備をコメントしていた。昨年の麻生総理が出向くことさえしなかったこととの違いを考えると「政権交代」の意味の大切さをしみじみ感じざるを得ない。

同時に、石井知事や高谷市長が、岡山での派遣村の出現すら知っていないのではないかかと思うと、その「遅れ」に重たいものを感じたのが正直な気持ちである。

 

尚、派遣村の詳細なデータは、後日整理して報告したい。写真は、当事者の関係もあり、テントの写真のみにしていることもご理解いただきたい。


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