その他: 2009年1月アーカイブ
建物の裏側の小さな竹藪にいっぱい花が咲いていた。「竹の花」である。
これまで見たことも聞いたこともないので、ネットで調べてみると、「竹の花の開花」は開花周期が60年との120年ともいわれ、「竹の七不思議」といわれるほど珍しいものとのこと。 珍しいので、「不吉の前兆」という民間伝承もある一方、「花言葉」は「節度」「節制」とのこと。
丑年といういことで、昨年末瀬戸内市長船町で女性酪農ヘルパーをしている守時理恵さんを訪ねた。
以前、彼女が蒜山で酪農ヘルパーをしている時、「風邪の高熱を押して牛の面倒を見ている若い女性のヘルパーがいる」という話を聞いたことがあり、それが守時理恵さんだった。今は実家の長船に帰り、酪農ヘルパーとして大活躍をしている。
年4回程度発行の「武田ニュース」の「ぶらり訪問」の正月号に登場してもらうためにインタビューしたものをこのホームページにも掲載した。
ぜひご一読いただきたい。暖かい牛乳のような気分になっていただいたら、私も彼女も幸せである。
(「ぶらり訪問・・牛に未来を託して」は http://takeda.m-cast.jp/index.htmlに掲載)

年末年始、東京の派遣村の話が胸を痛めつけてくる。
岡山でも年末には国のハローワークや県の「わかもの就職支援センター」に多
くの人が押し寄せ、ボランティアの配食活動に多くの人が命をつないだ。
「ただ生きたいだけなんです」「希望があれば一歩前へ進めるのに」・・彼らの叫びに政治も行政も動き出した。
岡山県も含めて派遣労働者が労働組合を結成し、「生まれて始めての団交」を
始めた。昨年は労働者の反撃が始まった年といえる。
空前の「蟹工船ブーム」と言われるなか、「多喜二の党・日本共産党」への関心と期待が広がっているのを肌で感じる。同時に、その責任の重さも痛感せざるをえない。
それにしても、若者たちは、「蟹工船」をどう読んだのだろうか。それは「現代の多喜二」にも期待を表明している。
白樺文学館「多喜二ライブラリー」発行の「私たちはいかに『蟹工船』を読んだか」のなかで、山口さなえさんという25歳の女性はこう記している。
「もし小林多喜二が今を生きるとしたら、私たちが働いている職場にやってきて『ガンバレ』なんて励まさずに朝まで話を聞いてくれた後、『蟹工船』の最後を締めくくった言葉のように『やはり労働者は立ち上がった・・もう一度』と書き付けるのではないか」
過去も現在も多喜二には到底及ばないにしても、年数だけは多喜二の倍以上生きた者として、今年も「格差と貧困の解消」を最大のテーマに歩んで行きたいと
思う。
(写真は西大寺の久々井から見た初日の出)
新しい年を機に、ネット関係の引越しをしましたので、お知らせします。
ホームページは、これまでの表紙で10年間経過しましたので、リニュアルオープンしました。イメージが変わっただけでなく、動画コーナーや携帯から入れるQRコードも設置しました。
(新しいホームページは http://takeda.m-cast.jp/index.html)
また、メールアドレスは、これまでのサーバー容量が小さくて、写真などの送受信が困難だったため、容量の大きい新しいサーバーに移転しました。
(新しいメールは takeda@m-cast.jp)
これまで以上に気合を込めて情報発信しますので、よろしくお願いします。


